「愛」とはなにか?〜お坊さんと鹿の話から愛を学ぶ〜

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おはようございます。

日本昔ばなしに登場するお金持ちが、みんな嫌なやつなのは教育上悪いと思っている、のりゆきです。

お金は中立、問題なのは使う人間。

 
さて、本日は「「愛」とはなにか?〜お坊さんと鹿の話から愛を学ぶ〜」というテーマでお話していきたいと思います。

「愛」とはなにか?
さあ、みんなで考えよう!という話です。

 
昔、昔、あるお寺に、1人のお坊さんがいました。

そんなお寺に、ある日、鹿がやってきたのです。
鹿の目的は食料探しでした。

鹿はお寺に入ると、近くにあった芝生を美味しそうにむしゃむしゃ食べ始めました。

その光景を目の当たりにしたお坊さんは、どうしたものか?と思い、そこのお寺で1番えらいお坊さんに相談することにしました。

 
そしたら、そのえらいお坊さんはこう言ったそうです。

「叩き出せっ!みんなで叩き出すんだっ!」

弟子たちは、当然逆らうことができませんから、お師匠さんである1番えらい方の意見通り、鹿を追い出すことになったのですが、鹿を追い出す時に、お坊さんは可哀想だな、芝生くらい食べさせてあげてもいいじゃないか、と思っていました。

 
そんなある日、お坊さんは師匠である鹿を追い出すよう指示した本人に、あれは鹿にとって可哀想じゃないですか?もっと他にいい方法があったんじゃないですか?芝生くらい食べさせてあげたらいいのに、と言ったんです。

そしたら、お師匠さんはニコニコしながら言いました。

 
「いいかい、よく聞くんだよ。別に私は意地悪で鹿を追い出すように言ったわけじゃないんだよ。別に草を食べたって構わないんだ。だけど、鹿が人家に出るようになったらどうなる?きっと猟師さんに処分されるに違いないよ。それなら、鹿は山にいた方がいいと思わないかい?もう2度と里に降りてこないように、1度叩き出して痛い目に遭わせる必要があったんだよ。」

これを聞いたお坊さんは、お腹をすかせた鹿に草を食べさせてあげることが愛だと思っていましたが、鹿が猟師に撃たれないよう、山に逃げるように仕向け、痛い目に遭わせることも、愛なんだと気づいたそうです。

より深い愛を感じたこの出来事によって、お坊さんはその場しのぎの優しさが愛に繋がるとは限らないことを学んだのでした。

終わり。

 
追伸 深い愛に繋がる行為は、なかなかその場では分からないものですが、深い愛ある人は、長期的な視点で物事を捉えることができるんですね。

厳しさの裏に愛が隠れていることもあるんですね。

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のりゆきのプロフィール

パニック障害持ちの意識高い系パパ。嫌いなものは机上の空論。好きなものは女性。ビビリで人見知りなピュアな心を持つ小心者です。

「今より少しだけマシになる」をモットーに「読者と共に成長すること」をブログのコンセプトとして発信しています。

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