人は死んだらどうなるのか?死亡確率100%の人間が生きる理由とは!?

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こんばんは。

NHKの集金係がキレイなお姉さんになったら、契約してしまうおじさんも多いだろうなぁ〜と思ってる、のりゆきです。

キレイなお姉さんマーケティング。

 
さて、本日は「人は死んだらどうなるのか?死亡確率100%の人間が生きる理由とは!?」というテーマでお話していきたいと思います。

心が軽くなるお話です。

 
人間はなんのために生まれてくるのか?

 
僕がまだ幼稚園児だった頃。

昨日まで、水槽の中で泳いでいた金魚がプカプカ浮いている姿を見たのが、「死」を知る最初のきっかけでした。

それを機に、生物(生きとし生けるもの)は全て例外なく、100%の確率で死ぬことを知りました。

 
それから、小さかった僕は、布団の中で毎日泣いていた記憶があります。

死んだら、もうお母さんにもお父さんにも会えない。
友達にも会えない。

なんでこんな悲しいことを、神様は僕たちに与えたんだろう?

 
仮に、自分が死んだとして、その後はどうなるんだろう?
地球が滅びるまでの間、僕は無になってしまうんだろうか?

そもそも、無になるってどういうこと?

考えれば考えるほど、恐怖に震えるようになっていずれやってくるであろう「死」が怖くて怖くてたまりませんでした。

 
その後、色々な出会いがあって今の僕は「死」は必要なものだと捉えています。

僕らは肉体を持って生まれてくる以上は、どうしても衰えていくんですね。

新品の最先端の車だって、年数が経過していけばいくほど劣化してきますよね?

 
老化と劣化は違いますが、老化は死への準備段階みたいなもので、そろそろ「死」について本気で考える時期ですよ、というお知らせなのだと思っています。

ですが、別に若いうちから「死」について考えることや触れることをしてもいいんですね。

むしろ、若いうちこそ「死」と向き合うことによって「今」を大切に生きることができるようにもなりますので。

 
肉体を持って生まれた鏡の前にいる自分が、本当の自分であると思っている人は多いのですが、実際は肉体のなかに魂が入っているんです。

肉体とは言わば、魂を入れる容器の様なもの。

魂だけでは経験できないことも、肉体を持つことで可能になるんです。

 
それで、人間は老いても、また新しい肉体を持ってこの世に生まれ変わります。

なんどもなんども生まれ変わったのが、今の僕であり今のあなたです。

 
じゃあ、なぜ、なんどもなんども生まれ変わる必要があるのか?と言えば、1回の人生だけで経験できることは、ごくごく限られているからです。

例えば、男として生まれた場合と、女として生まれた場合は全く違う人生になりますよね?

魂は自分を高めるために、色々なことを経験したいと思っています。

 
人間の感情を表現する際には、喜怒哀楽なんて表現することもある様に、僕らは喜ぶこともあれば、怒ることもあるし、悲しむこともあれば、楽しむこともあるんですね。

普通は、いいことだけ人生に起きればいいのに・・・

なんて思ってしまうのですが、魂の観点からすると、笑うことも大切だけれど、同じくらい怒ることや悲しむ体験をすることも大切なんです。

 
色々な体験をすることができるからこそ、僕らは豊かにもなっていくし、相手の気持ちも分かるようになっていくんですね。

経験こそが豊かさの生みの親みたいなものなんですね。

 
魂の成長のために、人はなんども生まれ変わる、なんて言うと、自己犠牲して相手に尽くすことで、自分は成長できると考える人もいますが、誰かの幸せのために自分が犠牲になることはないんですね。

あなたのために、自分はどうなっても構わない!と言う姿勢は一見、かっこよく見えますし、ドラマや映画では感動シーンでもあるのですが、何かを我慢したり、立派な人格者になることだけが、魂の成長ではないんです。

 
魂の成長を目的として生まれ変わる、なんて言うと、途端に何か立派な行いをしなければいけないのでは?などと構えてしまう人もいますが、忘れてはいけないのは、僕らはなんどもなんども生まれ変わる、と言うこと。

つまり、今世うまくいかないことがあっても、来世またチャンスがあるし、来世ダメでも、また再来世もある。

要は昨日の自分よりちょっとマシになれたら、それで十分なんですよ。

 
近所のおばちゃんに挨拶できなかった自分が、会釈できるようになっただけでも成長しているんです。

さらに自分から挨拶ができるようになればさらに成長しているんです。

 
「今日」の自分は今までの集大成だから、1番すごい自分なんですよ。

なので、昨日より今日、今日より明日は、経験を重ねている分、何かしら成長はしているんですね。

 
どうせ死ぬんだから、何しても無駄じゃないか。

なんて、思った闇の時期が僕にはありましたが、この世に生まれないと経験できないこと、肉体があるからこそ経験できることはたくさんあります。

 
キャバクラに行く自分はダメなやつだ、と悲観する前に、キャバクラに行っても好かれる自分になろう!と思ったら、もうその時点で、前のその人ではなくなっているんです。

つまり、僕らは毎日生まれ変わっているんです。

記憶があるかないかの違いだけです。

 
なので、全ての経験には意味があるし、その経験を通じてしか学べない何かがあるんですね。

あなたを通じてしか学べないことは、僕には学ぶことはできませんが、どの人の経験も全てが宝の山なんですね。

時には、隣の芝生が青く見えることもあるでしょう。

 
けれど、大事なことは誰かの人生と自分の人生を比較することではなく、昨日までの自分と今の自分を比較して、昨日の自分よりも少しマシな自分になることなんですね。

ポイントは少しマシ、ですよ。

たったこれだけしか成長できなかったな、と人生の最期に後悔したとしても、ちょっとマシなら十分なんです。

 
なんどもなんども生まれ変わることで、僕らはどこまでも魂を成長させることができますから、焦らず、慌てず、諦めず、少しマシな自分になっていきましょう!

 
それでは、今日はこの辺で。
ありがとうございました。

あなたに全ての良きことが雪崩のごとく起きます。

 
追伸 少しマシな自分になるために、課題を実践してみたい、チャレンジしてみたい!という方は是非。

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のりゆきのプロフィール

パニック障害持ちの意識高い系パパ。嫌いなものは机上の空論。好きなものは女性。ビビリで人見知りなピュアな心を持つ小心者です。

「今より少しだけマシになる」をモットーに「読者と共に成長すること」をブログのコンセプトとして発信しています。

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