優柔不断な友達にイライラしていた僕が全くイライラしなくなった話

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こんばんは。

「遊んでばかりいないで、勉強しなさいっ!」と子供に声高に叫んでいた母親が、過去1分も勉強している姿を見たことがない、のりゆきです。

ツチノコですか?
 
 
さて、本日は「優柔不断な友達にイライラしていた僕が全くイライラしなくなった話」というテーマでお話していきたいと思います。

心が1ミリ軽くなる話です。

 
今の僕は、結構緩い性格で、普段怒ることも滅多にありません。

根本には、どっちでもいい。どうでもいい。どうせうまくいくから。という思想があるからです。

最終的には、結局人って幸せになっちゃうよねぇ〜と思ってる人間なのです。

 
ただ、これは勉強した結果の副産物でして、以前の僕は白黒はっきりさせろやっ!という完全なる男性脳の持ち主だったんですね。

自分が優柔不断な癖して、他人の優柔不断を見ているとすぐにはっきりしろやっ!と、貧乏ゆすりが始まっていたのです。

イエスなの?
ノーなの?

どっちなの?

まるで裁判官であるかのように、白黒つけたがる性癖がありました。

 
おそらく、その結果、多くの人の心を傷つけていたんだと思います。

優柔不断なのは、悪いことではないし、すぐに返答できないのはそれだけ思慮深い性格の頭のいい人だとも言えるんです。

それに、相手を傷つけないようにあえて、イエスともノートも言わない、という優しさであるケースもあるわけです。

 
世の中、白と黒だけじゃ息苦しくなるんですよ。

この世には男性がいて、女性がいますが、見た目は男性でも心は女性とか、見た目は女性だけれど、心は男性、というケースもあるんです。

 
昨日記事で紹介したコトダマ「まあ、いいか」は白にも黒にも属さないグレーゾーンを意味する言葉でもあるんです。

多くの人は、過去の僕のように白黒をつけたがったり、正誤をつけたがったり、善悪をつけたがったりするんですけど、それは自分も相手も苦しくなるんですね。

 
この世は、曖昧なところがあるからこそうまくいくようにできているんですね。

曖昧なところっていうのは、言葉を言い換えたら遊びです。

車でもアクセルとブレーキがありますが、ブレーキには遊びの部分があるんです。

ブレーキを踏んですぐに止まってしまったら、事故を引き起こしてしまうかからです。

 
どっちでもいいや〜って気楽さも人生では重要なんですね。

 
どっちが正解なのか?
そこを突き詰めていった結果は、歴史が証明している通りです。

必ず喧嘩、さらに発展したら戦争になってしまうんです。

 
グレーゾーンって大切なんですよぉ〜というのは、実は自然が教えてくれているんですよ。

1日を振り返ってみましょうか?

朝がきて昼がきて、その次に夜がきて・・・
と、言いたいことろですが、昼と夜との間には、夕方という曖昧な時間が挟まれているんですよね。

そういえば、今日は夕方がこなかったよね?という日はないと思います笑

 
自然にグレーゾーンが存在するのは、いきなり真っ暗になると、困る動物やなんかがいるからです。

僕らも、いきなり昼から夜になったら見えなくなりますよね?

なので、徐々に暗くなることによって、「もうすぐ夜がきますよ」とお知らせをしてくれているわけですね。

 
ちなみに、夕方の「夕」という言葉は「昼」と「夜」を結ぶ「結」という意味があったりします。

 
自然界にもグレーゾーンがあるように、僕らの生活のなかにも「白」でもない「黒」でもないそういった部分がたくさんあるんです。

「白」でもない「黒」でもない「グレーゾーン」ですね。

 
僕は、「白」「黒」つけない生き方になったことで、生きることが本当に本当にラクになったと自覚しています。

むしろ、今までなんでこんなことにこだわっていたんだろう?と疑問にさえ思いました。

この世で起きることの8割以上は、どうでもいいことだったりします。

どうでもいいっていうのは、白黒つける必要ない、という意味ですよ。

 
無理に白黒はっきりつけようとすると生きづらくなるので、適度にいい加減な生き方のほうが自然のサイクルとしても合っているんですね。

白黒つけないと気が済まなかった僕も、コトダマの力を使うことで、少しずつ肩の力を抜いて生きることができるようになりました。

「まあ、いいか」と口癖にすることで、白でも黒でもどっちでもいいよね、と思えるようになりました。

 
曖昧って、いい加減だとか、適当だとか、人からあまり良い印象を持たれないのですが、曖昧な部分があるからこそ、僕らは気楽に生きることができるんですよ。

なので、曖昧な部分がない人は、常にピリピリしているし、イライラしているし、常に正解を追い求めては、俺の方が正しいんだっ!と神経を消費し続けています。

 
これは、僕からの提案でもあるのですが、困った時や何か問題にぶち当たった時には、自然に触れることで問題を解決するためのヒントが見えてくることがあるんですね。

僕なんかは、よく遠くの空を眺めるのですが、たったそれだけでも驚くほど精神は休まるんです。

精神が休まることで、建設的な思考を取り戻すこともできるんです。

 
「まあ、いいか」と自然と口に出してる自分がいるんです。

騙されたと思って実践してみる価値は十分あると思いますよ!

1日5分だけでも効果ありますよ。

 
それでは、今日はこの辺で。
ありがとうございました。

あなたに全ての良きことが雪崩のごとく起きます!

 
追伸 読めばあなたも曖昧人間になれる!?
生きることがグッとラクになるお話満載です。
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のりゆきのプロフィール

パニック障害持ちの意識高い系パパ。嫌いなものは机上の空論。好きなものは女性。ビビリで人見知りなピュアな心を持つ小心者です。

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