人は何度も生まれ変わる

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こんばんは。

「情けは人の為ならずだからね」と言って、人に親切にしない人を見ると、使い方も行為も間違っているんじゃないかと思う、のりゆきです。

勉強って大事。

 
さて、本日は「人は何度も生まれ変わる」というテーマでお話していきます。

今回の話は、他人を恨む人や、人生って不公平だよね、と嘆く人に向けてメッセージを送ります。

 
おそらく、生まれてこのかた、他人を恨んだことがない人や、人生って不公平だよなぁ〜と思ったことがない人はいないと思います。

もし存在したら、その人は仙人です。

 
僕も、今まで散々他人を恨んできたし、人生がなぜこんなにも不公平なのか?そう思った時期もありました。

特に、学生の頃なんて、イケメンというだけでモテる人いますよね?

あれは、努力で太刀打ちできる世界ではないんです。

 
小学生の頃、努力などしなくても、駆け足の早い子は早かったんです。

それで、なんでそんなに早く走れるのか?と聞いたら、逆になんで早く走れないの?と質問を受けて、人生を呪ったこともありました。

 
学校の先生は、努力することに価値があって、努力すれば報われる、という教え方をしますが、そもそも、努力などしなくても、最初から能力に恵まれている人や、美貌に恵まれている人っているんですね。

なぜか、絵を描くとうまく描ける人や、なぜか、要領がいい子や、なぜか、勉強できる人っているんです。

 
多くのお母さん方は、小さい頃からの教育や環境で、そういった能力や才能が育まれると思い込み、子供の気持ちを無視してまで英才教育漬けにしたりします。

人生に絶望する機会って、生きていると度々訪れるかと思うのですが、その際に思い出していただきたいことがあるんですね。

 
それが「人は何度も生まれ変わる」ということ。

僕らの肉体は死んでも魂は永久不滅です。

この世で人生を終えても、あの世でまた新しい肉体をもらいこの世に生まれてくるんです。

まあ、信じられない人が多いことや、科学的根拠がないことにネガティブな気持ちになる人がいるかもしれません。

 
ですが、このことを知っておくと、この世がまた違った角度から眺めることができるようになります。

そして、この違った角度から眺めることで、今まで説明できなかったことや、モヤモヤしていたこともはっきり分かるようになります。

 
あくまで1つの解釈として捉えていただいて構いませんが、こういう解釈をすることで、違った世界になるんだ、と楽しむことができたらそれでいいんじゃないか?と僕は思っています。

死んでも次の人生がある。

そう思う人と、死んだら無になって何もかも終わる、と思っている人では、生き方が全く違ってきます。

 
死んでも次の人生があると思う人って、いい意味で落ち着いてるんです。

急ぐことや、焦ること、怒ることなども少なくなっていきます。

反対に、死んだら無になると思う人は、生きている間に全てを終わらせようと考えるので、とにかく急ぐし、焦るし、怒ります。

そこに余裕はなく、ギッシリ人生のスケジュールが詰め込まれているんですね。

 
こちらの世界の死って、あの世での誕生であり、あの世での死が、こちらの世界の誕生なんです。

僕らは、こうやって何千、何万回と果てしない道を辿っているんです。

 
そして、その中には病気ばかりする人生もあれば、全く病気も失敗もほとんどしない人生もあるんです。

今世では、病気や失敗ばかりで嘆いている人だって、前世ではもしかしたら、失敗や病気のない人生を送ったことがあるかもしれません。

または、来世以降の人生で体験することもあるでしょう。

 
僕が何を言いたいのか?というと、他人を恨んでもいいけど、それは今世だけの結果であり、次に生まれ変わったら、また違う人生になる、ということ。

全く今世と同じ人生を送ることは、自分の成長に繋がらないので起こらないんです。

そういったことが分かれば、あの人ばかりずるいよね〜、って思わずに済むのではないかと思います。

 
巷では、若くから成功することを夢見るストーリーってありますよね?

ですが、今世で成功しなければ、と思うとついつい無理をしがちだし、自分の利益ばかりを考えて、相手に嫌われてしまうこともあります。

挑戦するのは素晴らしいことですが、挑戦したからといって必ずしも成功するわけじゃないんです。

成功者の裏側には、表に出てこないけれど、数え切れないほどの失敗者の存在がいます。

 
ただ、本来、失敗というのは、このやり方ではダメということが分かった、という1つの学びに過ぎません。

これじゃダメだと分かれば、改善していけばそれでいいんです。

失敗を失敗で終わらせる人は、失敗からは何も学ぶことをせずに、改善する作業や行為を怠ることを言うんですね。

 
失敗した時や、病気になった時は、すごく辛いものですが、これは何も天から与えられた罰でもなければ、前世から悪いことをした報いでもありません。

失敗や病気がなぜ起きるのか?と言えば、学ぶため。

なので、決して悪いことではないんです。

 
失敗や病気から、何か気づくことがあるからこそ、自分の身に起きているんですね。

自分の身に起きたことを通じて学び、そして愛を大きくしていく、と言うプロセスが人生にはあるんです。

 
ただ、そうは言っても、やっぱり怖れの気持ちってあると思います。

僕にも、怖れの気持ちはもちろんありますが、怖れる気持ちがあってもいいんだ、と思っているんですね。

なぜなら、その怖れからも学ぶことができるからです。

 
なぜ怖れる気持ちが自分にあるのか?と言えば、怖れることが必要だからです。

魂が成長過程にあると思えばいいんです。

 
そもそも、怖れる気持ちがないと、人は学ぶことができないと思います。

なので、怖れって大事な学びなんですよ。

 
人生に怖れることが起きても、全ては自分の学びに繋がっていますから、このことから何が学べるんだろう?と思い、考えてみることで、また違った角度から景色が見えてくるはずです。

 
今回の話が腑に落ちると、何がなんでも今世だけで全て解決できなくてもいいか〜という気持ちになりますし、他人を恨むこと自体が無駄な行為だって気づくと思います。

と言うことで、今回はこの辺で。

ありがとうございました。

あなたに全ての良きことが雪崩のごとく起きます!

 
追伸 メルマガでは幸せについて徹底的に噛み砕いて説明していますので、興味のある方はこの機会に、是非、学んでいただけたらと思います。

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管理人 のりゆき

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