私は神である

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こんばんは。

小学生の頃、机の上をコンパスの先の針でグリグリして、その穴に消しゴムのカスを詰めてはニヤニヤしていた、のりゆきです。

クラスに必ず1人はいるんです。

 
さて、本日は「私は神である」と言う完全に宗教の匂いが漂う、真剣な話をしたいと思います。

宗教の話ではないので、神という単語にアレルギー反応を起こさないで聞いていただけたらと思います。

 
いきなり、とんでもないことをぶっちゃけますが、僕は神なんです。

ちょ、ちょ、ちょ、いきなりどうした!?と言う完全に危ない人、発言だと思われますが、実は、今このブログを読んでいるそこのあなたも神なんです。

ええ、学校で数学を教えてくれる先生も神ですし、テストのカンニング行為をしてくる男子生徒も神ですし、通勤電車に揺られながら会社行きたくねぇ〜と思うサラリーマンも神なんですね。

 
つまり、僕が何を言いたいのか?というと、あなたは神そのものの存在である、ということです。

僕らは、みんな神様から命をいただいているんです。

これを分け御霊(わけみたま)と呼びます。

 
神様の分け御霊を持って、僕らはこの世に生を受けることができます。

なので、自分の中にすでに神がいる、と。

24時間365日、休む間も無く、神様はずっとあなたのそばにいるんですね。

 
何言ってるかよくわからない、という場合は、要は僕らは神様の分身である、とイメージしてもらえたらと思います。

僕らは、日々学ぶことを通じて成長していく生き物なんですが、学ぶことで神様に近づく、というよりも、学ぶことで自分が神様であることに気づく、と言った方が適切なのかもしれません。

 
いよいよ、話が怪しい方向へ流れていったので、ここから僕がお伝えしたいことを言います。

別に本当に神様がいるのか?それともいないのか?なんて、実はどうでもいいのです。

ただ、神様がいて、自分は神様の分け御霊をいただいていると思うと、自分の中にも神様がいると思える。

そして、それはあなただけじゃなく、会社の同僚や上司、部下、近所のおばちゃんにも同様なんですね。

つまり、あなたは神ですが、相手も神なんです。

みんな神なわけですよ。

 
宗教が宗教として成立するのは、俺が神だ!と自分だけを神の立場にしてしまうからで、僕も神だけど、あなたも神あるよ、なんていう宗教は宗教として成立しないんですね。

みんなに同じものが入ってるからです。

 
それで、神様ってなんなんだ!?って考えた時、これはもう「愛」と「光」そのものなんです。

「愛」とは優しさのことであり、「光」とは明るさのことです。

詳しくはメルマガで長々と書いてますので、もっと深く知りたい場合は、そちらを是非、読んでいただきたいのですが、要は「愛」があって「光」があるのが神様の本来の形なんですね。

まあ、形といっても、明確な形があるわけではないんですけど。

 
で、昨日は、嫌なことから学びを得るって話をしたと思うのですが(まだ読んでいない方は先に昨日の記事を読んでいただくとよろしいかと)嫌なことから学びを得ようとする人って、だんだん神様に近づいてくるんです。

神様に近づくと、愛がどんどん大きくなります。

愛がどんどん大きくなると、自分を大切にするようになるし、人に嫌われるようなこともしなくなります。

自分にも相手にも優しい気持ちになれます。

なので、当然、人からも好かれるんですね。

魅力的にもなって、異性からもモテるようになります。

 
以前、とあるセミナーに参加した時の話なのですが、自己紹介の際に、自分は今まですごい修行を重ねてきた結果、第三の眼が開眼した、と言った方がいたんですね。

思わず飛影かよ!?とツッコミを入れたくなる自分がいたのですが笑
(幽遊白書に出てくるキャラクターです)

それで、興味を持って休憩時間に、その人のところで色々話を聞いてみたんです。

第三の眼が開眼するとどうなるのか?とか、僕からは見えないんですけど、どこにあるんですか?とか、どんなすごい修行をすれば開眼できるんですか?とか。

 
それで、分かったことがあったんです。

 
すごい真剣に話をしてくれるのですが、その顔がぶすっとした仏頂ズラだったんですね。

お世辞にも愛嬌のカケラが全くないような人だったんです。

それで、僕は思ったんです。

 
第3の眼が開眼しようが、すごい厳しい修行をしようが、顔まで険しくなってしまっては、愛されないだろうな、と。

山にこもって修行をしたり、滝に打たれて訓練するのも大切なことなのかもしれませんけど、まずは目の前の人に笑顔で接することや、優しく話すような人になりたいな、と感じました。

これも、人と人とが関わり合うことを通じて、僕は学ぶことができたわけです。

 
学びって無限なんですよ!

 
例えば、風邪1つにしても、1人1人病状や症状って違うんですね。

ある人は鼻水が止まらないし、ある人は咳が辛い。
またある人は、喉が痛くて、ある人は熱が下がらない、と。

日本人が1億2000万人いるとすれば、1億2000万通りの学びがあるし、さらにそこに人と人とが関わりあえば、それこそ無限に学びは深まっていくものなんですね。

 
そして、学びを通じて、僕らは神であることを知るわけです。

 
神に近づけば近づくほど、優しい顔になるし、明るい笑顔になっていくものなんですね。

なので、もし周囲に優しい顔の人や、明るい笑顔の人がいる場合は、その人は日頃からしっかりと学びを深めている証拠です。

 
学んだことって顔に出るんです。

顔を見たらその人が何を考えているのか分かる、という占い師がいたのですが、あながち嘘ではないんですね。

 
それで、人に優しい人って自分にも優しいんです。

なぜなら、自分に優しくなければ相手に優しくできないからです。

よく、人に優しく自分に厳しく、なんていう人がいますが、自分に厳しい人ってほぼ100パーセント相手にも厳しいんですよ。

 
いつも笑顔や親切であることを心がけ、それを実践していくことの方が、厳しい修行をするよりも、多くの人に愛されて、人生がうまくいくんですね。

 
ということで、今回はこの辺で。
ありがとうございました。

 
あなたに全ての良きことが雪崩のごとく起きますように。

 
追伸 さらに深い学びは、メルマガでご提供していますので、興味のある方は是非お待ちしております!
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管理人 のりゆき

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