エンタメ要素というスパイスを人生にふりかける

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こんばんは。

難しい話を難しく話す、いわゆる大学教授のような大人を見て、僕もこの人のようになりたい!と1度も憧れたことのない、のりゆきです。

専門書をそのまま朗読するだけならば、別に「大学教授」という肩書きがなくても、小学生の咲ちゃんでもできることです。

 
さて、今日は「エンタメ要素というスパイスを人生に振りかける」という、ふりかけの話をしたいと思います。

ふざけているのか?と思われる方がいるかもしれませんが、最後まで読んでいただくと、1つ1つのピースが埋まっていくパズルのような感覚を体感していただけるかと思います。

結論を先に言ってしまえば、抽象的な話と具体的な話を混ぜていこう!という内容でございます。

 
 
冒頭の挨拶でも述べた通り、世の中には難しい話をあえて難しく話す人、という特殊な肩書きを持つ人がいます。

例えばの話で、大学教授の話を出しましたが、もちろんこれは全ての大学教授に対する僕からの宣戦布告などではなく、大学教授に限らずとも、難しい話を難しく話す人って、どこの業界にも必ず一定数いるんですね。

きっとあなたの職場にもいるはずです。

 
「で、結局、この人は何を言いたいんだろう?」って思われる人ですね。

 
ずっと話をしているけれど、なぜか内容が右耳から左耳を通過していく、という状態ですね。

別に相手の話を聞いていないわけじゃなく、本当に、何を言っているのかが分からないのです。

 
人は分からないものに対しては、驚くほどのスピードで興味関心を失っていく動物なのです。

学校の算数の授業も1度分からない問題に躓いてしまうと、それまでは結構楽しいと思っていた算数も、途端に難しいと感じて、興味関心を失っていきます。

そして算数の教科書をゴミ箱に捨てたい!なんならヤギの餌にして世の中に貢献したいとまで考えるようになるのです。

 
授業の内容を理解できずに、勉強が嫌いになった生徒って実はたくさんいます。
理解できると、勉強も好きになるものです。

 
これは学生だけの話じゃなく、社会人にも当てはまること。

難しい話を渾身のドヤ顔で語っても、相手に理解されなければ、余計な二酸化炭素を吐いただけの、費用対効果が著しく悪いマシーンでしかありません。

 
難しい話を難しく話すことによって、話す本人は満足感があるのかもしれませんが、目的を忘れていませんか?ってことです。

話すってことは、聞く相手が必ずいるってことなんですね、当たり前ですけど。

 
これが、独り言であって呟いているだけ、というのならどんなに難解な話を時間の許す限り、自由に好きなだけ話したらいいと思います。

 
ですが、相手がいるなら、話す内容を相手に理解できる形で伝える、という目的が少なからずあるわけです。

その視点がスッポリ抜けてしまうと、世にも奇妙な物語が始まるのです。

 
  
相手が理解できない言葉を多様することが、単なる自己満足でしかないと気づいた瞬間に、初めて相手に対する配慮の気持ちが生まれます。

 
では、難しい話ってそもそもなに?ってことなのですが・・・

一言で説明すると「抽象的な言葉」ということになります。

ですが、それだけだと、この説明自体が難しい話としてあなたの記憶に残ってしまうので、本末転倒になってしまう。

 
なので、もう少し噛み砕いて説明したいと思います。
 
「抽象的な言葉ってなに?」と。

 
例えば、「人間」って言葉がありますよね?

僕、「人間」が好きなんです!

と、言われたら、回答に困ると思います。

 
「人間」という言葉は分かる。

けれど、「人間が好き」ってどういうこと?

え?もしかしてあなた鬼なの?

 
そういった解釈がいわゆる誤解という悲劇を生む要因になってしまう。

 
では、この場合はどうでしょう。

僕、「女性」が好きなんです!

 
人間と言う抽象的なボンヤリしたものから、1つ階段を降りて輪郭がハッキリとしてきたはずです。

女性が好きってことは、もしかしたら相手は男性なのかな?と相手にイメージさせることができます。

「相手にイメージさせる」と言うのが実は抽象的なものから、具体的なものへ変わった瞬間であり、アハ体験なわけです。

 
で、さらにこの場合はどうでしょう。

僕、「めるる」が好きなんです!

 
人間から、女性、さらに個人名となったことで、明確に相手にイメージさせることができます。

え?めるるってなに?と分からない場合は、写真を見せたら一発で分かるわけです。

 
人間の写真を見せて!と言われても相手は困ります。
おっさんの写真を見せられても僕は困ります。

女性の写真を見せて!と言われても相手は困ります。
え?この人ヘンタイなの?と思われてしまうリスクがあります。

めるるの写真を見せて!と言われたら相手はこの人だよ!と困ることなく写真を見せてくれます。
(知っていると言う前提がありますけど)

 
要は、具体的なものへ近づけば近づくほど、僕らはイメージすることができる。

イメージすることができると、相手にも伝わるってことなんですね。

 

物事の大枠とか、フレームとか、概念、そういったものは全て抽象的な言葉であり、なんとなくは分かるんだけど・・・っとボンヤリしたもの。

それが抽象的な言葉になります。

 
一方、具体的な言葉って誰が聞いても分かります。

日常生活において、具体的な言葉って何か?っていうと、ニュースなどは具体的な言葉になります。

いつ、どこで、誰が、どうした?という事実を淡々と伝えるので、よほど特殊な思考回路を持っていない限りは、誰が聞いても同じ内容です。

 
じゃあ、難しい話となる抽象的な言葉を避けるようにして、普段はできる限り具体的な言葉を使うようにしたらいいのか!と言えば、それも違うんですね。

抽象的な言葉を多様すると、大学教授のような話になりますが、具体的な話を多様すると、ニュースを伝える人になります。

 
ニュースを録画して夕御飯の時に見てます!なんて奇特な人はいないはずです。

 
例えば、僕は今ブログを書いているのですが、具体的に話せば話すほど、ニュースになっていくのです。

「3月14日、天気は晴れ。今日はメルマガを書きました。以上。」

事実を淡々と伝えるだけの話って、確かに相手には伝わるんです。

 
ああ、のりゆきさんは、メルマガを書いたのね、と。

 
でも、次にこう思うはずです。

「で?なに?」と。

 
抽象的な話は難しくてよく分からず、具体的な話は簡単だけど飽きる。

こんな贅沢な生き物が「人間」なのです。

 
実は、難しい話を難しく話すことって、誰でもできます。

なぜなら、教科書を暗記すればいいだけだからです。

ですが、話って相手に理解されて目的を達成できる、という側面があります。

 
相手に伝わらない話を1時間するよりも、相手に伝わる話を1分でできる人の方が賢いし、生産性も高く、仕事もできる人なんですね。

当たり前ですが、時間は有限であり、1分で伝えることができる内容を1時間も使ってしまえば、それだけ自分と相手の寿命を削ったことになります。

この感覚大事です。

 
相手の時間を奪うことに対して無頓着な人がいますが、立派な時間泥棒という懲役刑になります。

 
そして、ここからがポイントなのですが、相手に話が伝わるってことは、相手のレベルに合わせて会話していく、ということでもあるんです。

小学生相手に、大人と同じような会話をしても、彼らには伝わらない。

 
小学生相手だとしたら、彼らと同じ目線になる必要があるんですよ。

 
例えば「進化」という言葉を小学生に説明せよ!という東大の問題があるとしましょう。
(絶対にない)

それを難しい言葉で話すとこうなります。以下ウィキペディア参照。

進化とは、生物個体群の性質が、世代を経るにつれて変化する現象である。また、その背景にある遺伝的変化を重視し、個体群内の遺伝子頻度の変化として定義されることもある。この定義により、成長や変態のような個体の発生上の変化は進化に含まれない。

また狭義に、種以上のレベルでの変化のみを進化とみなすこともあるが、一般的ではない。逆に、文化的伝達による累積的変化や生物群集の変化をも広く進化と呼ぶこともある。日常表現としては単なる「変化」の同義語として使われることも多く、恒星や政治体制が「進化」するということもあるが、これは生物学でいう進化とは異なる。

進化過程である器官が単純化したり、縮小したりすることを退化というが、これもあくまで進化の一つである。退化は進化の対義語ではない。

 
 
ワッツ!?
どういうこと?

おそらく1度読んで、ああ!なるほど!と思う人は小学生にはいないと思いますし、大人でさえ途中で聞いていて睡魔に襲われるレベルです。

 
では、小学生に進化を説明する場合はどうすればいいのか?

小学生の娘が自分に質問している姿をまずはイメージするんです。

 
娘「ねぇねぇ〜パパ〜。あのね、学校で進化について説明せよって宿題が出たんだけど、進化ってなに?」

僕「ああ〜進化ね、例えばポケモンにさ、ヒトカゲっているじゃない?ヒトカゲがリザードになるってことだよ!」

娘「なるほど!じゃあリザードがリザードンになるのも進化だね、パパ?」

僕「よくできました!」

 
終わり。

 
宿題を終えたらあとは、娘と公園に出かけて遊ぶ時間にしたらいいのです。

 
進化というものが何か?ってことを、日頃遊んでいるポケモンで例えにしたら、理解しやすいんじゃないか?という相手への配慮や気遣いがそこにはあるんですね。

つまり、根底にあるのは愛です。

どうしたら相手に分かってもらえるのか?とワンクッション置くことで、相手の目線に自分を合わせることができるようになります。

 
娘は、ポケモンは進化したら能力値が上がるし、強くなるし、姿形も変わるんだな、ということをゲームを通じて理解しているんです。

なので、話の飲み込みが早いんですね。
(今回はたまたまポケモンを例に出しましたが)

 
それを、進化とは〇〇である、などと専門用語を多用したら、またそこで専門用語を説明して、さらにまた専門用語を説明して、結局進化ってなんだったの!?という状況になってしまいます。 

分からないことがあって、またそこで分からない言葉が出てきて、またまたさらに難解な説明に出会うと、もうワケワカメになってしまうんですね。
 
 
相手に理解できる形で話を伝えるって、実はすごく頭を使う作業にもなるし、自分自身が日頃から勉強していないと伝わる話ってなかなかできないんですね。

今回のケースでは、親がポケモンを知らないとポケモンを例えに出すことができなかったように・・・

 
勉強って何も難しい教科書を読み込むだけじゃなくて、ゲームをするのも、漫画読むのも、全てが勉強ですよ。

これを理解しておくと、実は難しい話をする人って、日頃の勉強をサボっている人だと分かるんです。

 
勉強をサボっている人、と聞くと、ダラダラ生活している怠け者のような人を想像するかもしれませんが、僕が言う勉強しない人と言うのは、新しいことに挑戦しない人のことを指します。

なので、まだ読んだことのない漫画を読むことは立派な勉強ですし、1度も話したことがない異性と会話するのも勉強になるんですね。
食べたことのない料理を食べてみるのも勉強、いつもと違うルートで通勤するのだって勉強です。

 
つまり、勉強不足の人って、「いつも同じことの繰り返し」しかしない人のことなんです。

 
同じことしか繰り返さないから、そこから世界は広がることはないし、未来永劫自分の常識がアップデートされることもありません。

そもそも、相手にもっと分かりやすく説明するためには、どうすればいいんだろう?などとは1ミリも思わず、難しいことを専門用語バリバリで説明できる俺ってイケてる!とさえ思っています。

まあ、勘違いも甚だしいとはこのことですが、勉強不足の自覚がないゆえに、改善の余地もないわけです。

 
そして、気がつけば時代においていかれる存在となります。
 

教科書に書いてある言葉だけなら、誰でも話すことはできますが、その内容を相手に理解できる形に変化させて、おお!なるほど!と伝えることができる大人は、実はそれほど多くいないんです。

それほどいない、というのがミソで、数が少ないからこそ貴重な存在になれるわけですが。

 
本当に賢い大人って、相手のレベルに合わせることができるので、相手が小学生相手なら小学生相手にも理解できる言葉を選択します。

専門用語を日頃から多様する職種だと、それが通用しない環境に自分が立った場合に、なぜ伝わらないんだ!という問題にぶち当たります。

ですが、そんなのは当たり前で、多くの人は素人なんです。

 
素人相手に、難しい専門用語を使う自分がバカだと気づいた人から、教科書を覚えて伝えるだけの人から卒業することができます。

そして、教科書の言葉じゃない自分の言葉だからこそ、相手に伝えることができるんですね。

 
そして、相手に伝えるための手段として、抽象的な言葉と具体的な言葉を混ぜる、というテクニックがあるんです。

どちらに偏っても、相手に理解される形で伝わることはないので、もっと分かりやすく伝えるにはどうすればいいのか?

その視点を忘れずに、ぜひ、ご自身の生活に活かしていただけたらと思います。

 
本当は、ここから「エンタメ要素」と言うスパイスの話に持っていくつもりでしたが、思っていた以上に前置きが長くなりすぎてしまった為、また次回以降に書いていきたいと思います。

 
それでは、今日はこの辺で。
ありがとうございました。

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のりゆきのプロフィール

パニック障害持ちの意識高い系パパ。嫌いなものは机上の空論。好きなものは女性。ビビリで人見知りなピュアな心を持つ小心者です。

「今より少しだけマシになる」をモットーに「読者と共に成長すること」をブログのコンセプトとして発信しています。

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