宗教の勧誘から学ぶセールスの極意

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こんにちは、のりゆきです。

先日、とある方から宗教の勧誘を受けました。

一般的には、宗教の勧誘ってこの世で嫌われる行為ベスト3にランクインするほど有名なのですが、僕は割と興味本位で話を聞くことも珍しくありません。

 
なぜ、僕が宗教の勧誘を興味本位で聞くのか?と言えば、宗教の勧誘も1つのセールスだと思っているので、学ぶ点も多いからです。

つまり、全く宗教に興味のない状態から、いかに宗教に興味を持ってもらいハマってもらうか?
ハマってもらう、と言うのは、信者になる、と言う意味ですね。

 
宗教の勧誘が来た〜と思ったら秒で心の扉を閉める人もいますが、僕の場合、キタキタキタ〜!と内心喜んでいる自分もいて、我ながらキモイ奴だと自覚しております。

それで、自分だったらどうやって宗教に勧誘するだろうか?などとシミュレーションすることもあります。
(僕はなんの宗教にも入っていないので実際に勧誘することはないのですが)

 
例えば、家の前でインターホンを押しても家主が出てくれない、という問題があるかと思うのですが、そこを美女に置き換えたらどうか?みたいな感じですね。

ドアの向こうに中年のおばさんが立っていた場合と、若い女性が立っていたら、明らかに興味本位で扉を開けてしまう人(男)も多いと思います。

きっかけはなんであれ、まずは家の扉を開けてもらうことをしない限りセールスすることはできないので、勧誘する側もあれこれと作戦を立てているわけです。

 
実際に、宗教の勧誘を受けて、僕もこの宗教に是非入りたいと思います!みたいな展開になったことはないのですが、それは僕が宗教に興味ないから、という理由もあるのですが、多くの場合は勧誘(セールス)が下手くそだなと感じてしまうからです。
(中にはうまい人もいますが少ないです)

 
例えば、宗教に入ることのメリットの1つに「幸福になる」というものがあるとします。

実際に、その方も宗教に入る前と入った後のいわゆるビフォーアフターを暑く熱心に語ってくれました。

つまり、わかりやすく言えば、「宗教」という「商品」を購入したことで、私は「幸福」を手に入れた、というストーリーですね。

 
僕は、「それはよかったですね!」
「幸せで何よりです!」

というのが精一杯で、それ以上の言葉は見つけることができませんでした。

 
それで、問題なのはここからなのですが、なぜか僕が幸せではない前提になって話が進んでいくわけです。

 
宗教勧誘者「あなたは、幸せですか?」

僕「幸せです」

宗教勧誘者「本当に幸せなんですか?」

僕「幸せです」

宗教勧誘者「本当に本当に幸せなんですか?」

僕「幸せです」

 
まるでゲームを初期設定にした時に流れてくる質問みたいでした。

「このままデータを削除しますか?」
「本当に削除しますか?」
「2度と復元できませんが本当に消去してよろしいですか?」

僕はなんどもなんども相手に聞こえる声で、「幸せです」と答えのにも関わらず、それを疑ってくるわけです。

「いやいやいや、幸せのわけないっしょ!」みたいな感じです。

 
さらに、僕が幸せです、と答えた理由を深掘りしてくるんです。

宗教勧誘員「なぜ幸せなんですか?」と。

僕は、自分がなぜ幸せなのかを語り出すと、本を1冊出版しなくてはいけないほど哲学的な話になりますが、このまま続けてもよろしいですか?と答えると、「いいえ、結構です」とまさかの返答。
 
 
さらに、話をすり替え、コロナがこの時期に発生した本当の理由とか、このままでは大変なことになるなどと、悲観的な未来予想を語り出します。

そして、保険のセールスみたいな感じで、成約にかかります。

「でも大丈夫!」と。

この宗教にあなたも入れば救われますっ!と。

 
そういって、ドヤ顔をしてしまうわけです。

 
ドヤ顔を記念撮影しておきたいくらいでしたが、考えてみたら記念撮影したところで即消すな、と思ったので撮影はしませんでしたが。

 
僕には、どう考えても未来は明るいとしか思えないし、別に救ってもらいたい状況でもないことを説明しましたが、何を勘違いしたのか時間の延長をするように、話を続けてきました。

相手に興味を持ってもらうようにしないといけないのに、セールスすればするほど興味関心がなくなるというミスをしているセールスマンは、本当に多いなと思います。

こちらが、思わず質問したくなるような話をしてくれたらいいのですが、はぐれメタルに遭遇するくらいそんなセールスマンにはお目にかかることはありません。

 
強引にセールスすればするほど、人の心も財布の紐も硬くなってしまうわけです。

 
そして、とうとう僕は自分の持論を語り出しました。

あなたの今回の宗教勧誘について、どこが問題なのか?ということを語り出したのです。

1 そもそも、宗教の定義が明確ではない。
2 選択肢が1つしかない。

 
それぞれ詳しくお話ししていきますね。

 
まず、宗教の定義が明確じゃないという点から。

そもそも多くの人って、宗教=洗脳だと思っているんです。

宗教に入ってしまえば、そこが当たり前の生活になってしまいますが、外野から見たらそれは明らかに異常な空間のように感じられるんですね。

 
例えば、オタクがアイドルを応援している時って、普通の一般人の感覚からすると、ちょっと気持ち悪いな、と思うんですね。
別に、これはオタクの人をバカにしているとか、否定したいとかじゃないですよ。

あくまでも一般論です。

 
ですが、オタクの人同士はそれが当たり前すぎて、自分がおかしいとか、全くそんなことは思っていません。

 
宗教も1つのコミュニティーである以上は、その宗教に入るとどうなるか?というメリットを語る以前に、そもそも、自分たちの考える宗教とはなんなのか?

そこを詳しく説明する必要があります。

さもなければ、相手は宗教=洗脳という図式がすでにインプットされているので、話を聞こうとは思ってくれません。

 
そもそも、宗教って誤解されている点がいくつかあって、人は自分の知らない世界を宗教という言葉で片付けてしまう傾向があるんです。

そして、本当は知らないからこそ知る必要があるのに、怪しいとか、怖いとか、関わらない方がいいとか言って、自分から遠ざけようとしてしまうわけです。

 
なので、宗教って、世間では洗脳のイメージが強いのですが、実は私たちの考える宗教はそうじゃないよ〜ということを話す必要があるんです。

それが、宗教を定義する、ということ。

 
宗教が定義化されると、自分と相手との間に、共通の言語化された宗教が共有されます。

ああ、宗教って、今までは怖いとか思っていたけれど、実際はそうでもないんだな、ということが相手に伝われば誤解も生じにくいんです。

 
あらゆる点に置いて、「言葉を定義する」って誤解を生まないために重要なことです。

言葉を定義しない結果、あらゆる誤解が生まれて生産性ゼロの会議室状態になってしまいますから。

 
 
それと、次です。

選択肢が1つしかないという点。

 
あなたが、宗教に入ることで幸福になった、という話は理解できましたし、僕はそれを否定するつもりは全くありません。

実際に、あなたはその宗教によって救われたんでしょうし、本当に幸福になったんだと思います。

 
ですが、そもそも幸福って宗教に入ることでしかなれないんでしょうか?
あなたは、先ほど幸せですか?と僕に質問しましたよね?

僕にとって、幸せって何かモノを得ることでもなければ、有名になることでも、高級車に乗ることでもないんです。

何かを手に入れたら幸せだと世間の人々は思うのかもしれませんが、僕は今あるもので、自分が幸せだと思えるタイプなんです。

 
例えば、朝目覚めるだけで僕は幸せを感じるんです。

なぜなら、そのまま目覚めることなくあの世に向かう人もいますからね。

 
納豆ご飯食べる時も幸せです。

僕は田植えなんてしたことは小学生以来ないのですが、お米を収穫するまでって物凄い大変な作業なんです。

それをスーパーに行けば数千円出すだけで買えてしまう。

こんな有難いことはないし、幸せなことはないと思います。

 
漁業の才能も全く僕にはありませんが、シャケを食べることもできます。

 
お金を使わないで幸せを感じることも多く、近所を散歩するだけで幸福を感じるんです。

 
それは、幸福は思考次第、という僕の持論があるからです。

宗教だって、究極なことを言えば、幸せになるための教えなわけです。

 
ですが、そこにたどり着くまでの道って、1つじゃないんです。

ある人は野球を通してそれを学ぶかもしれない。

ある人は音楽を通してそれを学ぶかもしれない。

ある人は芸術を通してそれを学ぶかもしれない。

 
ゴール(幸福)にたどり着くまでの道の1つに「宗教」という選択肢があるだけであって、それを提示するのが自分の仕事である、と思えばまた違った角度から宗教の勧誘もできるはずです。

自分にとって最高な商品だったとしても、相手にとって必ずしも最高な商品であることはないんです。

そこを理解しないまま勧誘することを押し付け、と言うんです。

 
押し付けられると、嫌な気持ち、不快な気持ちになるのは、自分の意見を相手が全く受け付けない、聞く耳を持ってくれないと思うからです。

子供を持つ母親が、いいから黙って勉強しなさい!と押し付ける光景を見て、あなたは素直に子供が勉強するとは思わないはずです。

 
勉強するにも、体調や気持ちってあるし、モヤモヤした状態や疲れている時、悩んでいる時なんかはとても勉強できる環境じゃないし、勉強できる状態ではないんです。

本当は、今日どんなことがあったの?と言う母親からの言葉を投げかけてもらうだけで、自分の気持ちを言葉にすることでスッキリしたかもしれないのです。

お母さんは、自分のことを受け入れてくれる、と言う安心感から勉強へのモチベーションだって回復することもあります。

 
いずれにせよ、セールス(勧誘)するにも、相手の状態をまずは理解しないといけない。

そのために、まずは言葉を定義すること。

そして、ゴールにたどり着くまでの選択肢は無数にあるけれど、私がオススメしたいのはこれ!と言う1つの提案。

 
ここを抑えるだけでも、だいぶ宗教に対する考えって変わると思います。

 
間違っても、この宗教に入らないと地獄に落ちるとか言わない方がいいです。

それは、脅しであって脅迫です。

 
・・・

・・・

・・・

と言う内容を相手に伝えました。

 
その後、雑談を通して、僕がブログを書いていることを伝え、相手の方は僕のブログを読んでメルマガに登録する、というどちらがセールスしているのか分からない展開となりました笑

もともと、僕は相手を勧誘しようなどとは思っていませんでしたし、僕もこのような展開になることは予想もしていませんでしたが。

 
いずれにせよ、自分だったらどうするだろう?という視点を持つことで、シミュレーションしてみると、相手の立場が見えてきます。

この視点が抜けているから、セールスがうまくいかないわけです。

 
最も、僕もこの視点ががっぽり抜けていたおかげで、モテることなく学生時代を過ごす羽目になったのですが。

セールスって、商品を売るだけじゃなくて、自分を売る目的もありますから、自分を売ることができれば他人から好かれる機会も増えます。

 
自分はセールスマンじゃないし、営業マンでもないから無縁だなぁ〜とは思わずに、自分だったらどうするのか?という視点を持つことができたら、日常生活のあらゆるシチュエーションから、学ぶことができます。

今回は、それがたまたま「宗教」だっただけの話です。

 
これが「水」ならどうか?
これが「英語教材」ならどうか?
これが「自分」ならどうか?

 
人は興味を持つと、質問が多くなるものです。

 
ということで、セールスの参考になれば幸いです。

 
今回はビジネスよりの記事となりましたが、是非感想など送っていただけると嬉しいです。

それでは、今日はこの辺で。
ありがとうございました。

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管理人 のりゆき

まずはこちらを読んでいただければと思います。
なぜ僕がブログを書くのか?

 

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