ストレスが原因で病気になってしまった方への処方箋

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こんにちは、のりゆきです。

世間では、なにかと悪者扱いを受ける「ストレス」ですが、実は「ストレス」が全く無い状態が続くと、人間って死んでしまうんですね。

 
例えば、毎日が夏休みの状態を少しイメージしていただきたいのですが・・・
最初のうちは、好きなことが思う存分できて幸せを感じられるかと思います。

ですが、それが一生続いたらどうでしょう?

あんなにも憧れていた自由な時間を、今度はストレスに感じてしまうんです。

ストレスが無い状態がストレスを生む、というなんとも皮肉な展開を迎えることになります。

 
さらに「ストレスゼロ」の状態が続くことで、肉体は見る見る目に見えて衰えていきます。

宇宙空間は無重力であることは有名な話ですが、無重力(ストレスゼロ)になれてしまうと、地球に帰還した際に、重力(ストレス)で普通に生活をすることも困難な事態となってしまうんですね。

 
ここから読み取れることはなにか?と言うと、「ストレス」って悪いことばかりじゃないよね?ということ。

まるで代名詞のように病気の原因を「ストレス」で片付ける医者もいるのですが、それは単に医者の勉強不足であったりします。

 
確かに「ストレス」が一定の基準を超えてキャパオーバーになってしまえば、パンクしてしまうのは理解できます。

ですが、じゃあ「ストレス」をゼロにしたら全て解決されるのか?と言えば、答えはノーなんですよ。

「ストレス」をやっつけてしまえば人類が幸せになれる、わけじゃないよってことですね。

 
これは、コロナウイルスにも共通して言えることですが、コロナ=悪者とされていますが、体内にはたくさんのウイルスが生息しているし、1日にガン細胞も僕らの体内では作られているんですよ。

つまり、もともとゼロだったわけじゃなくて、すでに体内にウイルスもガンも存在している、ということです。

 
もともと体内にあるのはなぜか?というと、体内にとって重要だからです。
必要だからです。

それを敵対視して、駆除しようとする行為は、ある意味自殺行為でもあるわけです。

 
大事なことは「共存」していく、という姿勢だと僕は思っているのですが、それは「ストレス」や「コロナ」を敵だと思っている人には不可能なことです。

相手を「敵」だと認識することで、人ってどうしても排除をしようと思ってしまう生き物なんです。
それを歴史が証明しています。

宗教観争いや、魔女狩りなども、自分と相手との違いを受け入れることを拒んだ結果です。

 
この根底にある思考は、「どちらが正しいのか?」

正しいのは俺か、それともお前か?という発想なんですね。

 
完全に男性性寄りの発想なのですが、時代は女性性に移り変わっています。

白黒つけることに男はこだわるのですが、自然界にはグレーゾーン、いわゆる白でもない黒でもない灰色が存在します。

 
例えば、朝があって夜がありますが、朝と夜をつなぐ夕暮れがあります。

夕とは結びとも言って、朝と夜を結ぶ役割をしているんです。

これが、白黒の世界であれば17時になった瞬間にいきなり真っ暗になってしまうわけですよ。

 
それは困りますよね?
事故の原因にもなりますし、夕方があるおかげで目の方も徐々に夜モードに慣れていくわけですから。

 
ストレスが原因で病気になってしまうと考えるのは、まさに白黒で考えているからです。

ストレスって悪だよねぇ〜と。

 
ストレスにもいい点があることや、むしろストレスのない世界だと生きられないことを勉強不足がさらに加速させているんです。

ストレスなんてものは、生きていれば自然と溜まりますが、それは自然のサイクルなんです。

溜まったものは出せばいいだけです。

 
うんちしたくなったら、我慢しないでトイレにいくような感覚です。

同じように、ストレスに関してもトイレのような場所を作ってあげたら言いわけです。

 
最近、ストレスが溜まっているなぁ〜と思ったら散歩しに外出するとか、買い物しにデパートへ出かけるとか、撮り溜めしてあるドラマを一気に見るとか、なんでもいいんですけど、吐き出す術をあらかじめ持っておかないから溜め込んだ結果毒になってしまうわけですね。

ちなみに、僕の場合は散歩したり読書したりゲームしたりすることが、見事にトイレの役割を果たしてくれているわけですが、1日のうちに必ずトイレに数回行くように、僕は歩くし、読書するし、ゲームするんですね。

これを例えば、1週間に1回だけしかゲームしてはいけない!みたいなルールを作ってしまうからおかしなことになります。

 
え?うんこをあなたは1週間も我慢できるんですか?って。

我慢した結果、どうなるか知っているんですか?って。

 
真面目な人ほど、白黒の世界、つまり正しさで物事を決める学級委員長になっていくんです。

社会に出たら分かるのですが、白黒で解決できないマルバツで解決できない問題なんて山のように出てくるんです。

 
学校の授業のように決められた答えが用意されていないから、自分で答えを見つけていくしかないし、答えだって1つだけではなく無数に存在するんですね。

理不尽なことの連続が社会ですから、正しさで生きることを選択してしまうと、言いたい事も言えないこんな世の中はポイズン状態になります。

 
悪人の中にも善の部分はあるし、善人の中にも悪の部分はあるって事です。

 
ちなみに余談ですが、僕がストレスを感じたら、嫌だなぁ〜鬱になるわぁ〜などとは考えないんです。

「これはいい事だ」

そう考えるようにしています。

 
その結果、そのストレスがいいことを引き寄せてくれるんですね。

ストレスを悪者扱いにしてしまえば、嫌にもなるし鬱にもなるでしょう。

 
ですが、ストレスはなんどもお話しているように僕らの「敵」じゃないんですよ。

「共存」していく、という思考が頭の片隅に1ミリでもあれば、「敵」だと思っていたものを「味方」にする事もできてしまうんです。

 
敵対視しているもの同士が争えば、お互いタダでは済まないんです。
精神的にも肉体的にも疲れるだけじゃなく、無駄な時間を浪費します。

その時間、絶対に楽しいことに費やした方がいいに決まっているんですよ。

 
白か?黒か?
正解か不正解か?
丸か罰か?

その2択でしか物事を思考できない生き方って、本当に損します。

これは、以前の僕がそういう生き方をしてきたからこその教訓でもあるんです。

 
本当に、いいことなんて何もありませんよ。

ただただ、敵を増やすだけです。

そして無駄な時間を浪費するだけです。

 
僕の場合は、嫌いな人がいたのですが、ずっとその相手のことを考えていたんです。
寝るときも、あ〜やだなぁ〜会いたくないなぁ〜気持ちが暗くなるなぁ〜。

そんなことをずっと思っていました。

それで、さらに気持ちが暗くなって、嫌な出来事を引き寄せてしまい、さらに相手を嫌いになる、という負の連鎖でした。

 
自分は正しいと思っている時は、相手も同じように自分が正しいと思っているんですよ。

正しさと正しさがぶつかり合うと、相手を潰してしまいたい、という感情が生まれるんです。

これが争いの99%の原因です。

 
逆に言ったら、「正しさ」で衝突しなければ喧嘩にはならずに済む、ということです。

グレーゾーンがあることを知っているだけで、「そういう事もあるよねぇ〜」といういい意味での「緩さ」が生まれるんです。

「緩さ」は相手を「許す」ことにも繋がるし、「寛容」な気持ちにもしてくれるんです。

「まっ!いっか!」

そうなります笑

 
実際、日常生活で起こる99%のことってどうでもいいことなんですよ。

どうでもいいことに、いちいち腹を立てて怒る時間って、勿体無いし、意味がないんです。

 
ということで、実は日常生活のことって、99%どうでもいいことなんだって思えるだけで、だいぶラクに生きることができるし、自然と黒と白だけじゃないグレーの世界がある事も理解できるようになります。

今まで「敵」だと思っていた「ストレス」が実は「味方」の役割も果たしていることに気付いた時、「ストレス」に対する認識も変わって、「ストレス」に対する受け取り方も感じ方も変わってくるんです。

「コロナウイルス」も「共存」していく、という観点を持つことで、世間の様々な情報に振り回されることなく、自然の摂理として受け入れることができるかと思いますし、世間では「コロナ」を「敵」だと洗脳してくるので、これが続く限りは「コロナ」もあの手この手を使って「変異」していくだろうなと思います。

 
では、今日はこの辺で。
ストレスは敵ではないですよ〜

ありがとうございました。

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管理人 のりゆき

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