不幸の原因とその解決法

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こんにちは、のりゆきです。

今日は「不幸の原因」と言うテーマでお話していきます。

 
不幸になりたくて不幸になる人はいないのですが、
世の中を見渡して見る限り、不幸に見える人たちはたくさんいますし、
ニュースでは暗い話題が多く、将来に希望を持てない人が大勢います。

人は未来に対して、希望を持つことができたら、
たとえ今辛い状況下にあったとしても耐えることができるのですが、
未来が真っ暗闇で、一筋の光も見えないと、絶望という闇に飲み込まれていきます。

 
僕が大学生だった頃の話なのですが、
当時の僕は、とある国家資格取得のために勉強していました。

大学の実習先で配属されたのが精神科病棟だったのですが、
結論から言うと、僕は実習をクビになったんです。

まあ、簡潔に言えば「使いものにならない」
と、担当者から判断されたわけです。

 
それまで、僕は割と挫折という経験をしてこなかったこともあり、
実習先をクビになった時は、相当落ち込みました。

同じ実習先には、同じ大学のしかも仲の良かった友達も一緒だったこともあり、
友達と自分を比較しては、さらに落ち込んでしまう自分がいました。

友達は、励ましてくれるものの、
励ましてくれればくれるほど、自分が惨めな気持ちになっていくんです。

 
当時の僕は、まさにお先真っ暗な闇の中に放り込まれた気持ちでいっぱいでした。

今までに勉強してきたことは全て無駄だった、と思った瞬間に、
ものすごい後悔の念に襲われたし、将来の就職先はどうなるんだろう?という不安で、
絶望的な気持ちにもなりました。

人って、絶望すると驚くほど視野が狭くなります。

 
冷静に考えたら、別に実習先でクビになろうと、人生終わったことにはなりません。

ですが、絶望的になればなるほどネガティブなことしか考えられなくなるんですね。

幸福そうに見える人たちが、ものすごく羨ましく感じて、
時には、不幸な自分と幸せな他人を比べては、相手に殺意を感じたこともあるほどです。

 
ただ、この体験は僕にとっては人生と向き合う1つのきっかけになったんです。

僕はこの経験を通して、
常識とはなにか?

不幸の原因はなにか?

幸せになるにはどうすればいいのか?

 
とことん考えたし、勉強することができました。

 
なんの苦労もなくストレートに就職できたら、
おそらく就職先で色々な困難が待ち受けていたと思います。

 
当時は、僕のことをクビにした担当者に対して怒りを感じていたけれど、
今では、不思議ですが感謝の気持ちに変わっています。

あの時、どん底に突き落としてくれたことで、
僕は自分と向き合うことができたし、勉強するきっかけも与えられた、と。

 
なので、もしも絶望の闇の中にいる人がいたら、
それはむしろチャンスかもしれない、と思った方がいいんです。

なぜなら、その貴重な体験は確実にあなたを成長させてくれるからです。

 
ぶっちゃけ、人が究極的に望むことって、
「魂の成長」なんです。

社会に出たら、競争社会だとか、出世だとか、
お金が1大事、だとか色々なことを言われます。

 
サラリーマンであれば、
自分と同僚の給料を比較した結果、
人間関係のトラブルに発展することもあります。

自分はこれだけしかもらっていないのに、
なんであいつはあんなにもらっているんだ!と。

 
それも、自分の中の基準が「お金」しかないからです。

 
「お金」でしか比較できないがゆえに、
「お金」で人の優劣を決めてしまう自分がいるのですが、
それも、勉強不足なんですよ。

 
お金はもちろん僕も大事だと思っていますし、
お金は大好きです。

ですが、お金って交換チケットでしかないんですね。

チケットを大量に持っていれば幸せになれると考える人って、本当に多いのですが、
それなら、なぜ宝くじで高額当選した人が不幸になるんでしょうか?

 
自分が思い描く幸せ像って、
意外と幻想であることが多いんです。

これさえあれば幸せ。

あの人と付き合えたら幸せ。

これが手に入れば幸せ。

 
そうやって、人は自分の願望を満たすことが唯一の幸せになる方法だと考えますが、
僕が考える幸せって、今すぐに幸せになれるものばかりです。

たとえば、朝目覚めたら幸せ。

ご飯が食べられたら幸せ。

トイレに行けたら幸せ。

車に乗れたら幸せ。

 
どれも、当たり前すぎて感覚が麻痺しているかもしれませんが、
これらは、当たり前ではないんですね。

 
朝目覚めずに、そのままあの世に行ってしまう人だっているし、
ご飯が食べられない人もいるんです。

トイレだって、体がうまく循環してくれているから、
排泄、という行為ができるんです。

車だって、車椅子の人であれば運転することができませんし、
視力の悪い人も運転できないんですね。

 
自分では普段当たり前にできることでも、
それを当たり前にできない人たちもいるんです。

僕らは、当たり前という日常に慣れすぎてしまい、
感覚が麻痺してしまっているので、なかなかその事実に気づけないんです。

 
今の日本人の多くの価値基準のベースにあるのは、
「お金」です。

「お金」があれば幸せになれると思っている。

あればあるほど豊かになれると思っている。

 
そのために、小さい頃から親は子供に勉強をさせて、
いい会社に就職させようとします。

 
僕の周囲にはものすごいお金を稼ぐ人もいますが、
彼ら(彼女ら)は、全員が全員幸せではない、ということです。

ビジネスでは成功したけれど、家庭が崩壊してしまう方もいますし、
お金はたくさんあるけれど、心から話せる友達は誰もいない、という人もいます。

 
もちろん、幸せで豊かで友達もいる人もいますが、
「お金」だけを追い求めてもやはりそれは幻想だと人は気付くんです。

なぜなら、人が究極的に欲するものが
「魂の成長」だからです。

 
「魂の成長」というと、途端に怪しい匂いがしてくるのですが、
要は徳を積むことを、日頃から実践する生活を送る、という意味です。

徳を積むとは、言い換えたら人様に喜ばれることをすることです。

 
人の価値って、いくら稼いでいるとか、
身につけている洋服がブランドであるか?とか、
乗っている車が高級車か?とか、
付き合っている彼女が美人であるか?
とかじゃないんですね。

 
僕はブランドを身につけるなら、徳ブランドを身に纏え、と言っているのですが、
これは、日頃から徳を積む行為をして行けば、魂の次元が上昇していく、ということなんです。

魂の次元が上昇すると、様々な問題はやがて解決していきます。

悪いものから自分を守ってくれるバリアができるんですね。

 
宗教って、多くの人が怖い怖いって言うんですが、
じゃあ宗教ってなんなの?と聞くと以外に答えることができない人がほとんどです。

多くの人は自分の知らないことを宗教だと決めつけているんです。

そして、知らないことなら本当は知る努力をすべきところを、
面倒臭がり勉強しないわけです。

 
僕は、不幸の原因はなんですか?と聞かれたら、
「勉強不足」ですね、と答えているんです。

なぜなら、勉強したら多くの問題は解決するからです。

 
絶望の闇の中にいるときは、一筋の明かりを見つけることができれば、
人は生きていける、と言う気づきも勉強ですし、
じゃあ、一筋の希望を見つけるにはどうしたらいいの?と考えるのも勉強なんです。
 
 
例えば、あなたが砂漠にいるとします。

ここしばらく水を飲んでおらず、
喉はカラカラに乾燥していて、オアシスを見つけなければ死んでしまう、と。

ですが、道を進んでも進んでもオアシスは見つかりません。

もうダメだ、と砂漠の上に倒れ込んでしまい、
太陽はなぜこんなにも暑いんだ、と嘆きながら目を閉じようとします。

 
その瞬間、どこかから女性の声が聞こえてきます。

 
誰もいない砂漠に女性の声?

目を開けて周囲を見ると、
なんと裸の女性が立っているではありませんか?

今さっきまで絶望の闇の中にいたその人は、途端に一筋の希望を見つけたのです。

 
その女性を追いかけていった先には、
なんとオアシスが豊富にあって、水を飲むことができ命は助かりました。

ただ、不思議なことに裸の女性は、周囲を見渡しても、
どこにも存在しなかったのです・・・

 
と言う、僕が即興で作ったストーリーなのですが・・・

一筋の光って、自分の好きなことや、楽しいことの中に見つけることもできるし、
誰かの声がアドバイスになることもあります。

 
誰かを恨んでも、環境を呪っても、現状を嘆いても、
誰かが助けてくれるわけでもないし、環境が変わるわけでもないし、現状が好転することもありません。

 
比較して不幸になるなら、
比較することをやめればいいだけです。

お金が全てだと思うなら、
お金以外に大事なものは何かないか探して見ることです。

 
不幸を作り出しているのは、
自分の勉強不足です。

人と自分を比較したら、不幸になる、と知っていれば、
比較するのは、他人ではなく昨日までの自分だな、と気づくこともできるし、
お金があっても、不幸な人はいる、と知っていれば、
自分に必要なお金を稼ぐことができたら幸せになれます。

 
僕は、「魂の成長」と言う観点から世の中を見ているので、
これは、魂の成長に役立つのか?と言う見方をするのですが、
何か基準となる観点を持っている人は、軸がブレないんですね。

上から下までシャネルで着飾っている人でも、
マザーテレサには勝てないんです。

徳ブランドを身につけた人は最強なんです。

 
徳ブランドは、人様の役に立つことをしよう、と言う人が出せるオーラのようなもの。

自分だけが幸せになれたらそれでいい、と考える人には出せないんです。

 
不幸の原因は、人によって違う、と言う意見もありますが、
僕から見たら、全てが勉強不足、と言う点においては共通しています。

だから、何か問題にぶつかったり、悩みが出て来た時というのは、
自分の魂が成長する絶好の機会でもあります。

魂が成長する際には痛みが付きものなんです。

 
体が大きく成長するときには成長痛があるのと同じです。

 
人は本当に困った状況にならないと学ぶことをしないんですよ。

 
なので、困ったことがあるってことは学ぶタイミングがやって来た、と言うこと。

勉強する時間です、と言うこと。

 
勉強するジャンル、内容は人それぞれですが、
誰の人生でも、勉強は避けて通れない以上、早い段階から勉強しておいたほうが得なんです。

そして、日頃から徳を積むという意識で生活することが、
様々な問題を事前に回避する行為でもあるんですね。

 
まあ、それでも問題がゼロになることはないのですが・・・

 
魂の成長は、永遠に続く終わりのない勉強の連続です。

 
さあ、今日は何を学びますか?
何を学びましたか?
学んだことを実践で活かすために、どんな行動をしますか?
人様に学んだ経験を伝えていますか?

と、僕は自分に問いを向けています。

 
それでは、今日はこの辺で。
ありがとうございました。

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管理人 のりゆき

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