神様にお願い事をして叶う人、叶わない人

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こんにちは、のりゆきです。

鬼滅の刃の世界では、「呼吸」が重要な働きをしているのですが、
僕たちが生きる上でも「呼吸」は欠かすことができません。

なぜなら、呼吸をしないと僕たちは死んでしまうからです。

 
食事を一切摂らずに、何十年も生きている人がいる、という
まるで都市伝説級の話を、以前聞いたことがあるのですが、
その人は、食事の代わりに「呼吸」によってエネルギーを補填しているらしいんですね。
(いい子のみんな、真似しないでね)

実際、僕はその方に出会ったわけじゃないし、
僕は食事を摂らないと餓死する自信があるので、絶対に真似はしないのですが、

嘘だと決めつけてしまうよりも、どういう「呼吸」をすれば、
食事を摂らずに、何十年も生きる仙人のような存在になれるのか?に興味がありました。

 
この世には、自分の常識ではとても信じられないことって、
あなたも経験してきたと思います。

僕の場合は、最初スピリチュアルって、
すごく苦手意識があったんですね。

見るからに怪しげな人に、言葉巧みに洗脳されていく人々を見てきたからです。

 
「幸福のツボ」が実在するかどうかは不明ですが、
本当に100万円以上する高価なものでさえも、一切の疑いを持たずに、
購入してしまう人が一定数います。

中には、それを詐欺だと主張する人もいますが、
信じている人(信者)にとっては架空さえも現実になってしまうんです。

 
つまり、本当に幸福のツボを持っていれば、
自分は一生幸福だと思い込んでしまう、というわけですね。

 
ちなみに、今の僕は、スピリチュアル否定派でも肯定派でもありません。

僕が知らないだけで、本当にそういった世界は実在するのかもしれませんが、
僕にとっては、見えない世界を追求するよりも、
目に見える、今、この場で幸せになることの方が優先度が高いんです。

地に足をついたスピリチュアルであれば問題ないと思いますが、
現実から逃れるためにスピリチュアルに走るのは違うな、と思います。

 
神様にお願い事をするのは構わないけれど、
願うだけじゃなく、自分にできる具体的な努力(行動)もしようよ!ということです。

この地球という星は、「行動すること」が前提になっている星らしく、
あの世は「想念の世界」らしいんですね。

つまり、願ったら瞬時に願い事が叶うのが「あの世」ということです。

 
そして、僕たちは確実に死ぬ運命なので、
「あの世」に行く設定になっています。

あの世があるとかないとか、そういった議論もありますが、
ここでは一応ある、という場合で話をします。

 
願い事が瞬時に叶う世界って、
ものすごく幸福なように思うのですが、
実はそんな単純な話でもないようです。

例えば、お腹が空いた、と思った瞬間にお腹が満たされる。

どういうことか?というと、
お腹が空く、ということが実際にはないんです。

 
なぜなら、思った瞬間に満たされてしまう世界だから、です。

 
先日、嫌いな人の対処法でも話したのですが、
さらに詳しく話をすると、僕らは嫌いな人がいる、ということで、
どういう人が好きか?が分かるんです。

マイナスを知らないとプラスを知ることができないように、
冷たい、ということを知らないと、温かい、ということが分かりません。

 
同じく、不幸ということを知らなければ、
幸福、というものを知ることができないわけですね。

 
肉体や時間を持つ僕らは、どうしても老いることから逃れることはできませんが、
老いるからこそ、今という瞬間が輝くのであって、
永遠の命が保証されていたら、命=大切なもの、という図式は成り立ちません。

花火も散るからこそ、あの一瞬の輝きが美しく思えるのです。

ずっと静止画のようにそこら中に花火が散っていても、
そこにはなんの感動もなければ、美しいという感情もわかないんですね。
(もはやアートの世界)
 
 
地球上には60億人以上の人がいても、
実際に会える人は、その中でも限られた一部の人にしか出会えないんです。

同じ時代に、同じ時間を生きていたとしても、
多くの場合は、一生出会うこともなく死んで行くんです。

出会っていない、ということは
相手にとっては、自分は存在していないことと同じことです。

 
そう思うと、たとえネット上だとしても、
出会えた、ということは奇跡に近い確率になるわけです。

そう解釈すると、嫌いな人と出会う確率だって、
ものすごく奇跡に近いんですよ。

 
もしかしたら、あなたは好きな人とだけ会いたいし、
嫌いな人となんか出会いたくない!と思うかもしれません。

ですが、嫌いが何か?が分からないと、
好きが何か?も分からない。

つまり、嫌いな人が存在することで、
好きな人が存在する、というちょっと複雑な話ですが、
ここまで理解できましたか?
(上から目線)
(嫌われる人の特徴)

 
そして、僕が今回何を伝えたかったのか?ということを明確にすると、
「行動ベース」でこの世を生きると、自然に人は学習する、ということです。

要は失敗って、失敗じゃないんです。

みんな失敗することを恐れて、
どうしたら成功するのか?ばかり考えていますが、
失敗は、改善点を見つけ出すための過程なんですね。

 
こうするとダメ、ということが分かったから、
じゃあ次はこうしてみよう!という材料になるだけで、
材料がたくさんあるからこそ、美味しい食事が作れるようになるんです。

失敗を恐れて、何も行動できなくなる人がいますが、
「行動ベース」のこの地球においては、「行動しないこと」が1番の失敗なんですよ。

 
傷つきたくないから、という理由で
他人に迎合するだけでは、いい人止まりのままってことです。

自分の意見を言ったら嫌われるのではないか?と考えるよりも、
自分の意見を言っても、嫌われない伝え方ってないかな?と考える人が成功するんです。

 
相手の意見をすぐに否定したら嫌われる、と学んだら、
まずは肯定してあげたらいい、ということが分かります。

僕はまるでシャドーボクシングのように独り言を呟く癖があるのですが、
その際は、「そうだよねぇ〜わかりますよ!」と繰り返しているんです。

計算ドリルを高速で解けるようになる勢いで、
ひたすら反復練習しているんです。

 
すると、他人と意見が違った際にも、
まずは自然と口から出る言葉は「そうですよねぇ〜分かりますよ!」となる。

すると、相手は受け入れてもらった、と感じます。

受け入れてもらったと感じると安心できるんです。

 
安心するからこそ、心の扉が開くんです。

そして、心の扉が開くからこそ、
相手も、こちらの意見を聞こう、という姿勢がうまれるんです。

 
ちなみに、僕は相手の意見に賛同して、
「そうですよねぇ〜分かりますよ!」と言っているわけではないんですね。

あくまで、「あなたの言いたいことは分かりました」という意味です。

そういう考え方もあるんですねぇ〜という意味です。

 
「ところで、僕はこんな意見なんですが・・・」

と、続けることによって、自分の主張も聞いてもらうことができるんです。

 
何事にも、順序って大切ですから。

 
伝え方も、順序を間違えてしまえば、
全く伝わらないこともあります。

最初に、相手を否定してしまうと、
伝わるものも、伝わらないんです。

 
相手に聞く姿勢がない、もっと言えば、相手が聞く耳を持っていないのに、
時間と労力をかけても、それは無駄になってしまう。

そして、伝わらないのは相手に問題があると考えて、
自分には全く非がないと思うことによって、同じ間違いを永遠と繰り返してしまう。

 
これ、全部、過去の僕なんですよ(笑)

 
立派な偉そうなことを堂々と言っていますけど、
色々な恥ずかしい過去がたくさんあったんです。

穴があれば入りたいことも、今振り返ればたくさん出てきます。

 
ただ、そういった過去も、経験という宝物に変換できたからこそ、
僕は改善を繰り返すことができました。

もしかしたら、自分にも問題があるんじゃないか?と
自分を見つめ直すことができたからこそ、改善するきっかけに気づくことができたんです。

 
なので、失敗を恐れて行動できなくなるよりも、
行動して失敗という種から気づきを得て、次回はその気づきを教訓にさらに改善していく。

その繰り返しが成長であり、成功への道になります。

 
昨日の自分よりも、今日の自分は1日分学びを得たはずだから、
すでに成功の要素は備えているんですね。

すでに成功の種は持っている、と。

それを開花させるのが、才能ではなく努力なんです。

 
努力の継続が才能になって、
才能が多くの人に認められると、世間一般でいう成功者になる。

ですが、別に成功者になるだけが、唯一の生き方ではないんです。

 
僕にとっては、成長し続ける意志のある人で、
日々、改善を繰り返している人はすでに成功者なんです。

結果が出ようが出まいが関係なしに、
その生き方がすでに成功者なんです。

 
結果を出せば、多くの人に褒められるでしょう。

ですが、結果を出せなくても褒めることができるのは自分だけ。

 
つまり、自分は自分の味方であり続けて欲しいんです。

 
結果を重視する世の中ですし、
結果こそ全てだと主張する人もいますが、

すると、結果の出せていない自分には価値がない、と思うようになってしまいます。

 
結果を出す過程を楽しめなくなってしまうと、
もはや、人生自体が単なる作業ゲーになってしまうんです。

楽しい要素がないと、
生きる意味を、僕らは失っていくんです。

 
人生楽しんでいる人にとっては、
なぜ生きるのか?というのは二の次なんです。

ですが、人生楽しめていないと、
なぜ生きるのか?ばかり考えてしまうようになる。

 
そして、暗くなってしまい、生活から笑顔が消えてしまう・・・

笑顔のない生活では、
どうしても空気が重くなり、それは他人に伝染するから、
ますます孤立してしまう。

孤立してしまうから、
いい情報も入ってこなくなっていくんです。

 
情報が入ってこなくなると、
ますます自分の考え方に固執するようになっていきます。

本当は、もっと別の生き方(世界)があるにも関わらず、
それしか、そこだけでしか生きることができない、と思い込んでしまうんです。

 
なので、それを防ぐ意味も込めて、
定期的にブログは更新していきますから、
末長くお付き合いしていただけると嬉しいです。

それでは、今日はこの辺で。
ありがとうございました。

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管理人 のりゆき

まずはこちらを読んでいただければと思います。
なぜ僕がブログを書くのか?

 

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