親友だと思っていた友達に騙されて絶望を感じたら

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人生に絶望する瞬間って誰にもある。

今まで親友だと思っていた子に騙されることもあれば、信じていたものが全て嘘だった、ということも。

 
絶望した瞬間って、誰でも死を考える。

このまま生きていてもいいことなんて何もない、と。

生きる意味を失い、生きる希望を失い、生きる目的を失うと、魂の抜け殻状態の人の形をした人形のようなものになる。

 
よく、通勤電車の中には死んだ目の魚をしたサラリーマンしかいない、なんて表現をされることがある。

まさに、彼らも魂の抜け殻状態の人形のようなものなのかもしれない。

まるで見えない糸で誰かに操られているが如く、同じ時間の同じ電車の同じ道を通い、決まった時刻に出勤し、決まったランチを食べ、決まったルーティンをこなし、帰宅後はブツブツ上司の不満を言ってはテレビをつけてビールを飲む。

 
誰かに操られているという感覚は彼らにはないかもしれない。

けれど、操られていなければ、もっと目がキラキラと輝いていてもおかしくないし、楽しそうにゲラゲラ笑っていても不思議じゃない。

 
実は、子供時代って、誰もが自分の人生を生きていた。

将来のことなんてどうでもよく、ただただ目の前のことに精一杯だった。

 
僕の子供時代も、虫取りに一生懸命だったり、小さな人形同士で戦わせるのが大好きだった。

夜寝る前なんかは、明日は何して遊ぼうかな?という気持ちで毎日が楽しかった。

 
それが、いつしか社会に出るにつれて様々な常識を植えつけられていく。

 
その結果、みんながみんな同じような思考になって、似たような発想をして、平凡な日常生活を送るようになっていく。

 
僕は、人生のターニングポイントは絶望を感じた瞬間だと思っている。

普通は、そこで死にたくなるんだけれど、そこから生まれ変わることだってできる。

 
つまり、1度死んだことにすればいい。

今までの自分を殺すわけだ。

 
生まれ変わったことにすれば、もう1つの人生を与えられたという感謝の気持ちも生まれてくる。

 
例えば、僕は学生時代に女性に告白して振られた経験がある。

思えば当たり前の結果だったのだが、振られた瞬間はもう自分の人生はこれで終わった、と本気で思った。

客観的に判断したら、振られること=死亡ではないし、振られることと死ぬことには因果関係は成立しない。

 
ただ、当人にとっては死ぬほど辛いこともある、ことを僕は知った。

他人から見たら、そんなくだらないことで思い悩むなよ!?なんて言われることが、当人にとっては人生を左右するほどの大きな関心ごとだったりする。

 
なので、僕は他人からの、どんな悩みだろうとそれをバカにすることはしない。

なぜなら、当人にとっては生きるか死ぬかの大きな問題だということを知っているから。

 
そんな背景もあるからなのか、僕の元にはメルマガ読者からの質問も届くようになった。

 
プライバシーの観点から、内容はお伝えすることはできないが、どんな人にも多かれ少なかれ「悩み」は存在するんだ、ということが分かった。

 
ただ、僕は悩みがあるのはそれだけ成長する伸び代がまだまだあると思っている。

 
つまり、悩みは自分を成長させてくれるための起爆剤みたいなものなんだ。

成長するには、成長痛が伴うように、悩みに関しても痛みが伴う。

 
特に、悩みの多くは身体的なもの、というよりも精神的なものの方が圧倒的に割合が大きい。

 
心の出血は目には見えない分、他人から心配されることもなければ助けてもらうこともない。

だから、結果放置されて再起不能に陥るケースもある。

悩みは溜め込まず、吐き出す、ということだけでも実は随分心が軽くなったりもする。

 
女性は男性と比べて話すことが好きだ。

なので、知らず知らずに吐き出す、という行為を実践している。

その点、男性は無口で吐き出すことは少ない。

 
僕も話すことは得意な方じゃないし、どちらかと言えば悩みを吐き出さず、自分の中に溜め込んでしまうタイプだ。

 
でも、そんな僕のようなタイプの人間でも、普段の生活で吐き出す練習をしておけば、随分心が軽くなる。

具体的に言うと、僕は毎日必ず音読をするようにしている。

今日はこの本の、何ページまで、と決めて声を出して読む。

 
時間にしたらわずか10分くらいなものだが、それでも音読する前と、音読した後とでは、随分心の負担が変わってくる。

簡単に言えば、気持ちが明るく、そして軽く、爽やかな気持ちになるのだ。

脳科学的に説明したら、前頭前野が音読によって活性化する、なんて理屈もあるようだけど、理屈など知る前にまずは実践してみたらいい。

 
音読するものが周囲に何もない、と言うケースでは僕のブログを音読したら十分だ。

 
ポイントは少し早めに、少し大きめで、だ。

ゆっくり読むよりできる限り早く読むことを心がける。
さらに、普段よりも少しだけ大きな声を出すように心がける。

この2つを意識するかしないかで効果は全く違ってくるから不思議だ。

 
余談だが、これはコミュ障を自覚している僕でさえ、これを実践するようになってから、他人とのコミュニケーションが円滑に行くようになった。

もちろん、他人が僕をどう思っているのかなど知らないけれど、結局はコミュ障かコミュ障じゃないかなんて、本人の思い込みに過ぎなかったりする。

 
その思い込みをぶち壊すのに役立つのが、今回紹介した音読なのだ。

 
小学生の頃、音読が宿題に出された記憶がある人もいると思う。

 
音読のすごい点は、何回も何回も反復しているうちに、スラスラと言葉が勝手に出てくるようになること。

これが、コミュ障克服のためのトレーニングに、結果的になっていたんじゃないかと思う。

 
いずれにせよ、絶望した瞬間は人生のターニングポイントだと僕は思う。

そして、絶望したら1度死んで、そこからまた新しい第2の人生を歩んだらいい。

悩みは成長するための起爆剤となるから、痛みを伴うこともあるけれど、成長した先には自分のまだ見たことも無い光景が広がっている。

 
そして、具体的な日々の実践法として、音読を続けていくことが、悩みの解決に大いに役立つ。

 
文句をひたすら言っても人生は変わらないけれど、それを音読に変換しただけで人生はガラリと変わるから面白い。

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  1. 2021 07.09

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のりゆきのプロフィール

パニック障害持ちの意識高い系パパ。嫌いなものは机上の空論。好きなものは女性。ビビリで人見知りなピュアな心を持つ小心者です。

「今より少しだけマシになる」をモットーに「読者と共に成長すること」をブログのコンセプトとして発信しています。

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