星の王子様から学ぶスピリチュアル

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こんばんは。

物欲がなくなり、いよいよ仙人に近づいたと勘違いしている、のりゆきです。

 
さて、今日はそんな仙人になるための、なんとも怪しいスピリチュアルなお話をしようと思います。

レッツスピリチュアル!
(なんだ?それ?)
 
 
ちなみに、僕は「かんじんなことは、目には見えないんだよ」と星の王子様から教えを受けたわけですが、目には見えるものだけしか俺は信じないっ!というタイプの方もいらっしゃるんですね。

幽霊なんているわけねぇじゃん!ってガキ大将がクラスにいたと思います。

 
目に見えるものだけしか俺は信じないっ!とおっしゃる方に僕も以前出会ったことがあるのですが、その際にふと感じたことは、もしこの人が失明してしまったら何も信じられない世界になってしまうんじゃないか?という疑問でした。

目に見えるものだけしか信じないっ!て人も、以外に話を聞いてみると、それ目に見えないじゃん!とツッコミを入れたくなることがよくあります。

 

例えば日常会話の中で、
「あの人、信用できるよねぇ〜」
という会話があったとしましょう。

「信用」って目に見えましたっけ?

「信用力たったの5か!ゴミめ!」なんて数値化できましたっけ?

 
この世には、数値化できるものと、数値化できないものがあって、数値化できないものを、僕はスピリチュアルと勝手に解釈しています。

 

あなたの背後にいる守護霊が〜〜とか、あなたのオーラはピンク色です!とか普通の人には見えない世界が見えている人を、スピリチュアル能力者と世間では呼ぶこともあるようですが、僕はオーラの色が見えるようになることよりも、女性のパンツの色が見えるようになることに憧れを抱いています。

俗に、これを変態能力者と呼びます。

 
目に見えないことだからこそ、そこに目をつけるいわゆる霊感商法に走る霊感ビジネスマンもいるのですが、需要と供給がマッチしていなければどんなビジネスも成立しないことを考えると、やはり世の中には騙す側もいれば、騙される側もいる、ということが「見えて」きます。
(変態能力発揮)

 
 
それで、世の中には、大きく分けると2つの人間に分類されるんですね。
 
 
1つ目は、目に見えるものだけしか信じない、というタイプ。

2つ目は、目に見えるものだけじゃなく、目に見えないものもあると信じるタイプ。

 
僕の印象では、割と女性の方はスピリチュアル的な能力が高いのかなぁと感じています。

というのも、女性は男性に比べて、死後の世界を漠然とではあるけれど信じている人が多いと感じるからです。
(あくまで僕の主観によるものです)

 
死後の世界は目には見えません。

実際に「今」を生きる僕らには、死後の世界があるのか?
それともないのか?

「ある」「なし」を証明することはそれぞれ不可能です。

 
証明できないから、死後の世界は存在しないんだっ!と言う唯物論者もいますし、死後の世界が存在しないことだって、証明できないじゃないか!と言う意見もあります。

まあ、死後の世界に関して言えば、永遠の謎だと思うので、いくら議論してもゴールは見えて来ませんから、あまりそこに時間をかけるのもどうなのかな?と個人的には思っています。

 
大事なことは、死後の世界が存在していようが、存在してなかろうが、僕らは「今」を生きる以外にないんです。

 
ただ、死後の世界があったら面白いから、と言う理由で僕は死後の世界があると思っていますが・・・

これは、単に自分の勝手な解釈であり、妄想であり、自由なんです。

なので、他人に強要するものでもないし、証明するものでもない。

 
好きな方を自由に選んだらいいだけの話です。

 
死んじゃっても、続きのストーリーがあったらなんだか面白そうじゃない!?という短絡的な発想です。

 
 
それで、ここから先の話は不思議な話をします。

集まれ!スピリチュアル!
(ワッツ!?)

 
嘘か本当かは死ぬまで分かりませんが、死んだ時のために頭の片隅にでも置いていただけたらと思います。

ほぼ 100%僕もあなたも死にますので。

 
僕が聞いた話によると、人は死後、白い光の玉がお迎えに来てくれるらしいんですね。

そして、あるところへ連れて行かれて2つの質問を受けるそうです。

 
その質問とは、

1 人に親切にしましたか?
2 人生を楽しみましたか?

いくらお金を稼ぎましたか?とかは聞かれないみたいです。

どんなお仕事をされていたのかも聞かれないようです。

 
つまり、この問いこそが、「今」を生きる僕らにとっての生きる指針になるんじゃないか?と思うわけですね。

これを、逆算型の思考と呼びます。

 
人に親切にするのって、なにも特別な資格なんて持っていなくてもできるんです。

 
例えば、自分が学んで覚えたことを、誰かに教えてあげたらそれだけで喜ばれることもあるし、消しゴムを貸してあげたら感謝してくれることもあるんです。

道に迷っている人に道を教えてあげたらサンキューと言われることもあるんです。

 
なぜ、人に親切にしたかを聞かれるのか?と言えば、人に親切にすると相手が喜んでくれるからです。

「相手」というのは、神様の分け御霊をいただいている魂のことだと思ってください。

つまり、僕もあなたも元を辿れば1つの神様から生まれている、ということです。
(怪しいでしょう?)

 
誰かに喜ばれるために僕らは生かされているわけです。

なので、誰からも喜ばれもしないし、感謝もされないような生き方をしていると、次から次に問題が起きるような仕組みになっています。

 
どんな生き方をしたらいいんですか?って悩んで自分探しの旅にインドまで出かけてしまう人もいるのですが、ガネーシャに会っても答えは教えてくれません。

答えはインドではなく、自分の中にあるからです。

 
そして、2つ目の問いの、「人生を楽しみましたか?」ってことなんですけど・・・

人生を楽しむためにはお金が必要だと、多くの人は考えるんです。

人よりもできる限りお金を稼ぐことができたら、人生は楽しくなると信じているんですね。

 
お金を稼ぐこと自体が楽しい、ということであれば問題ないかと思いますが、楽しむことを放棄して、お金を稼げば楽しくなると思っている場合は少し気をつけた方がいいかもしれません。

なぜなら、楽しさが人生から消えると、途端に余裕がなくなるからです。

 
楽しむって、要は遊びなんですよ。

 
遊び心がないと、どうしても人生に生きづらさを抱えてしまう。

目の前にある問題が、まるで大きな大きな壁に感じてしまう。

1度の失敗で、人生オワタと思ってしまう。

 
どれも、遊ぶことを放棄して、楽しさを失ってしまった結果です。

 
子供を見てたら分かると思いますが、毎日毎日遊んでいますよね?
遊んでいるから、楽しいんです。

明日はなにして遊ぼうかな?ということで頭はいっぱいなんです。

 
子供って、大人ほどお金は持っていないけど、すごく楽しそうじゃないですか?

自分たちで勝手に遊びを作り出す天才なわけですよ。

 
つまり、お金があれば楽しい、というのは幻想だってことです。

 
結局、お金で買えるものは形あるものであって、値段のついているものだけです。

目に見えないものまでお金で買えるわけではありません。
 
 
たとえお金がなくても、楽しむ方法はたくさんあるってことです。

そのために、僕らには頭がついているんですね。

その頭を遊びに費やしていますか?ってことです。

 
僕なんかは、基本的にお家ラブなので、1日中家の中の引きこもっていても楽しめるタイプなのですが、散歩するだけでも楽しいんですね。

 
普段からよく遊んでいる人って、人にも寛容になれるんですね。

いい意味で真面目じゃないんですよ。

 
遊ぶと、心に余裕が生まれるので、大らかにもなれます。

遊びって、精神的にかなり重要な役割を果たしているのですが、遊ぶ心を失ってしまうと、常に顔は深刻な表情になってしまうのです。

そんな深刻な表情をしていては、福の神はやって来たくてもやってこれないんですよ!

 
 
今日1日、人に親切にできたか?
今日1日、楽しく生きることができたか?

これを、僕は自分の生きる指針にしているんです。

 
そして、1日を終えて振り返るわけです。

 
人生で迷ったら、ココが僕の原点なので必ず戻るようにしています。

で、大抵問題が没発する時って、人に親切にすることを忘れているし、楽しく生きていないんですね。

真面目に生きすぎて、遊び心を失っていることが多々あります。

 
人に親切にできる人って優しいんですよ。
楽しく生きることができる人って明るいんです。

つまり、優しくて明るい人であれ!と言うこれはある種のメッセージでもあるんじゃないか?と思うわけですよ。

 
死後に聞かれる質問に、堂々と僕は人に親切にしたし、人生も思う存分楽しめました。
命を与えて下さり、ありがとうございました!と言いたいんです。

そして、ご褒美に天国である女性だけのハーレムの世界に連れて行ってもらう予定なんです笑
 

優しいってなに?
明るいってなに?

と言う疑問がある方もいると思いますが、そんな難しいことではなくシンプルに考えてみてください。

 
要は人に親切にすることが優しさであり、人から喜ばれることが優しさなんです。

同時に、楽しいことをしている人って明るいんですよ。なぜなら楽しいから。

楽しいから、明るくなる。

 
楽しいことをしているのに、暗い人ってなかなかお目にかかれません。

 
優しいのにモテない男って時々いるんですね。

だから、優しいだけじゃダメだなって思って自分を変えようとするんですけど。

 
優しいのはそのままで、足りないのは明るさなんですよ、と言う完全に求められてもいないアドバイスを僕は稀にすることがあります。

 
いいですか?

優しいのは武器です。

武器を捨てるようなことをしたら、素手で生きて行かなくてはいけません。

そんなことしたらマジで無理ゲーに突入しますよ。

 
優しさという武器はそのままに、明るさと言う武器も装備したらいいんです。

 
明るい人って、人の悪口を言わないんです。
人の悪口を言っている人で明るい人はいないんです。

では、明るさはどうしたら手に入れることができるのか?

 
ここから先が、実は今日の本題なんです。

長すぎますよね?前置き。

 
ですが、結論はいたってシンプルなので、是非、頭に叩き込んで下さいませ。

 
「明るさ」と言う武器を入手したいと思うなら、自分で自分の機嫌をとることです。

毎日楽しいことを1つ増やして、嫌なことは1つ減らしていくことです。

そしたら、確実に明るさと言う強力な武器を入手することができますから。

 
例えば、僕はレグザで録画してあるドラゴン桜を観ることが、最近の楽しみの1つなのですが、楽しみがあると早く明日にならないかなぁ〜とワクワクするようになります。

さらに、15時になればソシャゲの宝箱を開ける、という使命が僕にはあるので、それも楽しみの1つなんですね。

読者の方から時々いただくファンレターなんかも、すごく楽しみなわけです。

 
生きていたら、誰の人生にも嫌なことは訪れますが、嫌なことをずっと考え続けてもノイローゼになるだけです。

深刻な顔つきは運を遠ざけるだけです。

 
遊びや、リラックス、余裕、ワクワク、楽しさ、を人生に取り入れるからこそ、彩りある輝く人生になっていくんですね。

 
ということで、今日はこの辺で。

いつもありがとうございます。

好きです。

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のりゆきのプロフィール

パニック障害持ちの意識高い系パパ。嫌いなものは机上の空論。好きなものは女性。ビビリで人見知りなピュアな心を持つ小心者です。

「今より少しだけマシになる」をモットーに「読者と共に成長すること」をブログのコンセプトとして発信しています。

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